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  • 執筆者の写真海傘 ミズキ 

恋のフラグ 第二話

更新日:2019年1月4日

今までこんなに学校に行きたくないと思う事は一度もなかった。哲平は最悪な気分のまま学校へ足を運ぶ。昨日は結局羽原に念をおされた後すぐにオダセンが教室に入ってきたので羽原と話をすることなく帰宅することになった。気になったが恐ろしさのあまり羽原の方を見ることは出来ず哲平は逃げるように自宅へ戻った。     昔から哲平は猫を被る人物、つまり自分自身を偽る人物を何人か目にしてきた。哲平からしては猫を被る人物は見ていて気持ちの良いものではなく、そういった人物に出会えば機会を見つけて止めた方がいいなどという余計なお世話でしかないアドバイスをしてきたのである。哲平がそうアドバイスをすることで大半の人物は猫を被るのを止めてきた。中には泣かれたり逆ギレをする者もいたが、何とか止めてもらうように今まではなるようになってきたのだ。これは決して相手の事を思いやる善意からくる行動ではない。哲平はただ、猫を被る人間を見たくないのだ。これは完全に哲平の我儘であることも自分で理解していた。     そしてこれからも哲平はそういった人物を見ればアドバイスをするつもりだったし、今回もそう思って羽原の面倒な雑用をわざわざ手伝ってやったのだ。しかし今回ばかりは哲平もやってしまったと後悔するのである。     羽原笑凜という人物は今まで哲平が出会ってきた人間の中でも一番の曲者だと確信している。根拠としては羽原のあの性格だ。今までの記憶の中で猫を被る人間は初対面の相手だったり、意中の相手の前だけだったり、先生の前だけであったりと限定的な猫被りが多かった。だが羽原はどうだろう。あの腹黒女は限定的な猫被りではなく、周り全員を騙しているのだ。これは前代未聞である。正直言ってこんな人物は今まで見たことがなかった。     そして、羽原という人物がここまでひねくれた人物だと気付けなかったのは哲平の油断であった。これは完全に哲平の判断ミスで、今回ばかりは羽原に余計なアドバイスをするべきではなかったと心底思う。羽原が猫を被っていると確信してからは哲平は迷っていた。ここ数年は猫を被る人物に出くわしていなかったので余計なアドバイスをすることがなかった哲平は、羽原を見た瞬間にどうするべきか悩んでいたのだ。高校になってもアドバイスをするべきだろうかと相手の気持ちではなく、自分がそうするべきなのか否かを考えていた。しかし羽原の猫を被る姿を見る度に哲平はどうしようもなく言いたくて仕方がなかった。なので二人きりの教室でこっそりとアドバイスをすれば相手も気を悪くはしないだろう。そう思い、雑用に手を貸すことにしたのだがその結果がこれである。     今回、羽原の正体を暴いたところで哲平に利点はなかった。むしろ逆に目をつけられたといってもいいだろう。問題なのは、これからどうやって羽原から逃れて学校生活を送るかという事だった。     教室の扉を開けると目の前に今一番見たくない顔がひょっこり現れる。無論羽原である。 「おはよう才基くん!今日は顔色が良くないねえ?どうしたのかな?」     昨日の事など忘れたかのように羽原は哲平の嫌悪している猫被りの姿で話し掛けてくる。哲平はクラスメイトの手前、無視するわけにもいかず適当に返事を返すと自身の席へと歩を進めていった。

    昼休みになると一目散に教室から出ていった。羽原に会いたくないからである。出る直前に恭平に何処いくんだと言われたが哲平は構っている余裕がなくそのまま無視して購買へと足を運んだ。哲平は無心で購買の焼きそばパンを購入すると食堂で空席を探す。食堂で食べることは滅多にないので席を探すのは得意ではなかった。食堂で昼食をとる生徒は沢山いて、今日も混雑している。席を探すために辺りを見回して知らない生徒と目が合うのが嫌な哲平はなるべく目が合わないように視線を動かした。途中同じバスケ部の藍田(あいだ)が一人で席に座っているのが目に入る。藍田は高校の時に入学してきた同級生で哲平とも話すことは少なくない。哲平は藍田によっと軽く挨拶をするとそのまま空席を探し続けた。特に話をすることもなかったので一緒に食べる意味もないだろうと思ったのだ。何とか二人用の空席を見付けたのでそこに腰を納めると目の前にもう一人座る影が見えて目を向けた先には羽原がいた。嘘だろう? 「才基くんここにいたんだぁ。探しちゃったよ~」     羽原はいつものように猫を被った様子で話し掛けてくると突然目を細めて顎で食堂の先を指してきた。これはあっちに来いという羽原からの命令だ。哲平は断ることは叶わず仕方なく羽原の後をついていく。食堂を出て少し廊下を歩いた先の門を曲がると人気のない所がある。そこに羽原が歩を踏み入れるので哲平も続けて踏み入れると羽原はくるりと哲平の方を向いて口を開く。 「他言してねえよな?」     昨日も言われたことだ。哲平は無言で頷くと羽原は大きく舌打ちをしてこちらを物凄い形相で睨んでくる。ここまで不愉快そうに舌打ちをする女子は羽原が初めてだった。 「お前のせいでこんな面倒な口止めまでしなくちゃならない私の気持ちが分かる?分かんねえよな」     そう思うなら言うなよと思うが、口には出さずにとりあえず羽原の言葉の暴力をひたすら浴びていく。早く解放してくれないだろうか…。 「とにかく他言したらお前の人生は終わりだと思えよ」     なんていう物騒な言葉だけを告げて羽原は階段を上っていった。哲平は沈んだ気持ちのままその後ろ姿を眺めていると突然またもや聞き慣れた声が聞こえる。今度は何だと声のする方に視線を向けるとそこには一条の姿があった。 「ねえねえありすちゃん!ありすちゃんはロリータとゴスロリどっちが好き!?俺はどっちでもありすちゃんになら合うと思うんだけど着たことはある!?絶対可愛いって!!!」 「…」     異様な光景である。あのクールで周りには素っ気ない一条が一人の女子生徒に言い寄っているのだ。性格は百八十度変わっていると断言できる。一方話し掛けられている女子は一条の一方的とも言える言葉を華麗に無視している。あの一条を無視する女子も中々いないと思う。     一条は女子に人気がある。バスケが上手いという点も人気の一つだ。そして男の哲平から見ても見た目も良く何よりやること全てにおいて格好いいのだ。一条の好かれる理由はよく理解できるのだが、一条にはもう一つの顔があってそれがこの今御覧いただいている光景である。一条は意中の相手の前でだけこのように人間が変わったように豹変するのである。普段の一条は女子から話し掛けられる事はあっても自分から話し掛ける事はほぼないに等しい。というか、女子には基本的にとてつもなく冷徹な態度をとっている。だがその一条が唯一積極的に話し掛けていくのがこの女子であった。そしてこの光景は一度や二度見ただけのものではなく、哲平は中学の頃から何度も見てきた光景である。一条が人気者ということもあってか、この豹変ぶりは校内で有名だったりする。     一条はただひたすら無視を続ける女子の後にまだついていっている。いつもの格好いい一条とは正反対の姿を哲平は理解できない。何故そこまで一人の女子に執着するのかも理解が出来ない。哲平は一条から目を逸らすと何も見なかったと心の中で呟き教室へ戻っていった。     放課後は部活に出向く。朝練は羽原のせいで行けていない。というのも寝坊したのだ。恥ずかしい話だが昨日の出来事があまりにもおぞましく、夜は寝付けなかったのである。これも全て羽原のせいだと憎き羽原の顔を思い浮かべる。とりあえず暫くは羽原から距離をとりたい。哲平は羽原の事を思考から追い出すように精を入れて部活に取り組んだ。

    翌日は朝練に向かう。今日は一条と哲平の二人だけであった。一条と相談していつも通り準備運動をして走り込みをし、シュート練をするコースとなった。一条が準備運動を終え校庭に出て走り出すので哲平も続けて走り出す。一条と二人きりで朝練をすることはこの四年間で何度かあったので困ることはなかった。校庭を走り終えると汗を拭いながら体育館へと戻ろうと足を進める。体育館の入り口にいると一条を呼ぶ女子の声が聞こえて哲平は一条の方を見た。一条は露骨に面倒臭そうな顔をすると振り返ってうるせえと一言告げた。哲平は間に挟まれる形になったので何とも居にくい空気が漂う。しかしそんな哲平の心中など露知らず一条はそれだけ言うと体育館へ戻り扉を閉めてしまった。一条に煩いと告げられた女子は泣き出しそうな顔をして駆け出していく。哲平は思うところはあったものの朝練も途中なので閉ざされた体育館の扉を再び開いて中へと入っていった。     朝練は終わり教室へ向かう。とりあえず羽原の場所を確認して羽原から一番距離の離れたルートを選んで自身の席へ着こうと椅子を引いて座ろうとすると哲平はそのまま勢いよく床へと尻餅をついた。     一瞬何が起こったか分からず動揺していると隣から大きな笑い声が聞こえる。恭平だ。 「あっはは!引っ掛かってらー!」     どうやら哲平が座る瞬間に椅子を後ろへ引いたようだ。これは一歩間違えれば頭をぶつけている危険な行為であるのだが恭平のような奴に悪気があるとは思えない。哲平はあぶねーだろと率直な感想を恭平に言うと悪い悪いと大笑いしながら哲平の頭を帽子でつついてくる。哲平は恭平の帽子を奪い取るとそれを人差し指でくるくると回して言葉を告げた。 「これ校則違反だろ」     そう言いながら帽子を回転させていると恭平は返せよと楽しそうに哲平から帽子を取り返して言葉を発する。 「いや今もクズ先輩からは逃れられてるから大丈夫だって!」     クズ先輩というのは本名黒江智津(くろえちず)という風紀委員長の事だ。黒江は会う者全てにクズめクズめと暴言を吐いてくるので皆黒江の事をクズ先輩と呼んでいるのである。勿論、本人の前でそう呼ぶ勇者はいる筈もない。羽原といい勝負かもしれない。哲平の通う学校の教師は校則にそこまで煩くないのだが、風紀委員長である黒江はまるで教師のように生徒たちの風紀をチェックしては校則違反だと煩く注意してくるので厄介な存在であった。     恭平の被っている帽子はどう見ても校則違反なので、何度か黒江に没収されたことも少なくない。なので哲平は帽子を被るのは止めたらどうだと言ってやるのだが恭平にとって帽子は命より大事なもの(恭平談)らしいので聞く耳を持たないだろう。     放課後になって部活へ行こうとして廊下を素早く歩く哲平を羽原は大声で呼び止める。羽原に呼び止められることのないように急いだというのに全く意味がなかった。哲平は仕方ないと諦めて羽原の方を振り向くと羽原はにっこりと端から見ればさも可愛らしく見えるのだろう笑顔を向ける。そして放課後残ってほしいんだと声のトーンを落とさずにそう告げた。哲平は部活があるので断りたかったのだが、断ればどうなるのか想像して身を震わせたので了承することにした。     教室には羽原と哲平のみが二人きりでいる。哲平は重苦しい空気に耐えきれず、また早く羽原と同じ空間から抜け出したいという思いから何だよと声を出す。すると羽原は手伝えよとドスのきいた声でそう言うと羽原の机に載っている大量の資料を指差した。これを手伝えというのか…。 「いや俺関係ないし」     そう言うともう一度手伝えよと言われる。哲平は女子の怒る姿を怖いと思ったことは母を含めて一度もないのだが、羽原の怒る姿は何だかもう恐ろしくて仕方がなかった。これは部活を諦めるコースだと覚悟を決めてさっさと終わらせようと決意すると突然教室の扉が開いて後輩の天崎(あまざき)がやって来た。 「あー!先輩いた!今日来ないんすか!?」     天崎はそう言うと羽原と哲平の姿を交互に見る。え、お邪魔でした?と天崎にしては空気の読む発言だが哲平からしたらでかした天崎と声を大にして言いたい瞬間であった。 「いや、今から行く。悪いな羽原」     羽原に一方的に告げて急いで鞄を掴むと天崎に行くぞと言いながら教室を出ていく。よし、羽原からの呼び止めもない。ざまあみろだ。天崎はいいんすか!?俺KYでした!?としつこく聞いてくる。哲平は全然と言うと天崎はならよかったっすー!あの人可愛いっすよね!と天崎らしい台詞を言ってくる。哲平はその発言に論破したい衝動を押さえながら天崎に生まれて初めて心の中で感謝をする。天崎がいなければ今頃羽原と緊迫の雑用タイムであった。いや本当に助かった。哲平はマシンガンのように話し掛けてくる天崎に適当に話を合わせながら部室へと足を進めていった。     帰宅して夕飯を食べ、ボーッと窓から見える空を眺めているとと突然部屋の扉が開けられる。 「兄ちゃん、ゲームしよー!」 弟の和哲(かずあき)はゲームコントローラーを片手で持ち上げながらそう告げてきた。 哲平は特にやることもなかったので二つ返事で了承する。和哲とは何かとこうして遊ぶことも少なくない。まあひとつだけ問題はあるのだが…。 「そういえば明日の天気悪いんだってー」 一見普通の会話だ。へーそうなのかと哲平も返事をしたいところだがそういうわけにもいかなかった。これは和哲の嘘だ。 「明日は晴れるだろ。見え透いた嘘はやめろって前にも言っただろ」 そう言うと和哲はちぇっとそっぽを向く。またバレたかという言葉も少量ながら聞こえる。 哲平は和哲を弟として可愛がっているし可愛いと思っているが、この嘘を付くところだけはどうしても直してほしかった。前から何度も何度も告げてはいるのだが和哲は一向に止めようとせず、隙をついては哲平に嘘を告げてくる。 哲平が嘘を見破れるようになったのは十中八九この和哲のせいである。いつからか和哲は幼いにも関わらず嘘を付き始め、哲平は気が付いた頃には簡単に嘘がわかるようになったのだ。嘘を見破るコツとかそんなものがあるわけではないが、なんとなく感覚で分かるようになってしまっていた。 まあこんな特技があったところで自慢するものでもないのだが。 哲平は数時間ほど和哲とゲームをして、自室へと戻った。途端に母に呼ばれたのでリビングへと向かうと母は何やら興奮した様子で話し始めた。 「和哲、ラブレターもらったんだって」 突然そんな事を言っては哲平の背中をバシバシと叩く母。かなり嬉しいのか母は上機嫌のようだ。哲平はため息を付きながら話に付き合ってやる。 和哲が以前にもラブレターを貰っていたことを哲平は知っていたので驚きはしなかったがわが弟ながらこの高頻度に貰うラブレターは何なのだろうか。 和哲はひょっとしなくてもモテるらしい。 兄として嬉しい限りではあるが当の本人はそういった事に全く関心がないらしいのだ。 モテない分際で言うことでもないが哲平自身が仮にモテたとしても嬉しくもなんともないだろうなと思うとそこは兄弟として似ているのかもしれない。生まれて一度も告白などと色恋沙汰に縁のない哲平の言うことではないのだが。 しかし哲平は別にモテたいなどと感じたこともなく、誰かを好きになったことも未だになかった。友人の恭平なんかは好きな人がいるようだが、哲平はいつも話を聞くだけだ。 中学に入ったときから周りの同級生たちは付き合ったり別れたりと様々な動きを見せていたが哲平は今の今までずっと変化はなかった。これからもそんな日々が続くのだろう。 和哲のラブレターにまだ興奮している母の話を適当に流しながら哲平はそんな事を考えていた。

一週間が終わり、土曜は部活に精を出し、日曜を何となく過ごして月曜になると哲平は朝練に向かった。今日は珍しく時間に余裕がある。 哲平は気分よく校門を抜けると教室へと足を運んだ。いつもは到着するのが朝練の開始ギリギリが多い為、校門を抜けると鞄を持ったまま部室へ直行するのだが今日は余裕があったので教室へ向かうことにしたのだ。 当然誰もいないであろう教室の扉を開けると哲平は今一番目にしたくないものを目にしてしまった。 そこには羽原の姿があったのだ。 扉の音に反応してこちらを見た羽原は露骨に嫌そうな顔をして大きな舌打ちをした。これは絶対に聞こえるようにしている…。先日の事を根に持っているのだろうか。羽原の視線は心なしかいつも以上に鋭い気がする。 哲平は可能な限り羽原から一番遠いルートを通りながら自分の席へ鞄を置くと直ぐに教室を飛び出した。今日はきっと厄日だ。哲平はそう確信したのであった。 校門を抜けた時の気分とは真逆に重苦しい気分のまま朝練に向かうとそこにはいつも通り一条と天崎の姿があった。 「おはようございます!」 元気よく挨拶してくる天崎に軽く手を上げておはようと答えるとすぐに一条に挨拶をする。 一条はいつも通りおうと返事をするとボールを手に取りシュート練を始めた。どうやら走り込みは終わったらしい。先ほど羽原と出くわした事を思い出しながら哲平は教室に行ったことを心底後悔した。今度からは絶対に間違っても教室へ鞄を置きに行こうだなんていう考えは止めよう。 哲平も手早く走り込みを済ませてシュート練を始める。朝練は順調に終わり、片付けを始めていると天崎がうわっと声を上げた。 どうしたものかと天崎の目線の先を見てみるとそこには黒江の姿があった。天崎が声を上げるのも頷ける。     しかしなぜ黒江がこんなところにいるのだろうか。風紀委員が早朝から体育館に何か用があるとは思えない。哲平は黒江の姿をつい凝視していると黒江と目が合い反射的に目をそらしてしまう。するとクズめとあからさまに大きな声で吐き捨てられる声が聞こえる。これが噂の威圧感か…。 しかし本当に何故こんなところにいるのか分からず片付けを素早く済ませているといつの間にか黒江の姿は見えなくなっていた。 「あー怖かった…あの人なんでいたんすかね…」 天崎が哲平の心の声を代弁してくれたかのような台詞を述べると緊張が解けたのか大きく伸びをする。 「俺、クズ先輩だけはどうしても苦手なんすよね~だって校則五月蝿いんですもん」 それは天崎の服装が悪すぎるからではないかと内心思ったがまあ言いたいことは分かったので哲平も無言で頷いた。 片付けが終わったので体育館を出る前に一条に挨拶をすると一条はこちらを見ることなく片手を上げておうと口を開いた。 一緒にいた天崎はやっぱ一条先輩はかっこいいっすよね~と言いながら尊敬の眼差しを扉の向こうにいる一条に向けていた。そうだなと同意しながら階段を登っていると数分前まで体育館にいた一条が物凄い勢いで階段を駆けていった。階段を登りきると予想通りの光景が目に入った。一条はいつもの素っ気ない人物とは正反対に積極的な態度で一人の女子生徒に話し掛けている。ここまで見掛け続けていると慣れてくるものではあるのだが、理解できる日は一生来ないだろう。 隣にいる天崎も当然その光景は知っていて、今日もそれを見た途端にギャップ激しいっすよね~と楽しそうに呟いていた。 予鈴が鳴る前に教室に着くなり恭平がきいてくれよ!と哲平の前に現れた。どうしたのかと尋ねると何でも黒江に帽子を没収されたらしい。そう言われるとトレードマークの帽子がなかった。 「あの帽子ないと俺生きてけねえよ…」 哲平にとっては非常にどうでもよい事ではあったが酷く落ち込む恭平を見ていると同情してしまった。まあ後で謝れば返してくれるさと慰めの言葉をかけて哲平は自分の席へと戻る。どこかから何か禍々しい視線を感じた気がするが気にしないことにした。 放課後になると恭平が寄り道しようぜと提案してきた。今日は部活が休みだったのでまあいいかと哲平は承諾した。そう言えば帽子は返してもらえたらしく、恭平の調子はいつも通りに戻っていた。 バーガーショップにいき、新作のバーガーを頬張っていると同じ制服を着た生徒が斜め後ろの席に座るのが見えた。まあここは学校からも近いし、そんなこともあるだろう。そう思いながら恭平の方を見ると恭平はその席の方を見ていたので知り合いかと質問する。 「えーっと、ほら俺が前に言った…」 そこまで聞いてあー…と一人納得をした。どうやら斜め後ろに座った生徒は恭平に聞かされていた例の思い人らしい。一緒にいるのは男のようなので恋人なのではと思いもしたが、恭平が落ち込むかもしれないと思い黙っていることにした。 向こうはこちらに全く気付いていないようだが恭平の方は何だか落ち着かない様子で二人の方を注視していた。ちらりと目を向けると制服を見る限り二人とも中学生のようだ。楽しそうに談笑しながらバーガーを頬張っている。気になったので恭平の方に再び目を向けると何とも複雑そうにその様子を見ていた。 「帰るか?」 気を使ったつもりでそんな事を言ってみるとそうだなと恭平はあっさり了承して食べ終わったバーガーの包みを専用のゴミ箱に捨てて店を後にした。 「彼氏じゃないんだってさ」 何と声をかければよいのか分からず黙ったまま商店街を歩いているとふいに恭平が口をこぼした。 「?さっきの中学生がか」 「そ。前に聞いたんだ。彼氏じゃないってのに何であんなに仲良さげなのかなあ…男女の友情とかあれ嘘だろ?お前もそう思わない?」 そんな事を前を向きながらどこか遠くを見つめて話す恭平はいつもの明るい恭平とはどこか違って哲平はまあなとそう答えるしかなかった。     想うところはあれどやはり自分には他人事になってしまうので客観的な感想しか抱けない。哲平は自分にもいつかわかる日がくるのだろうかとそんな事を考えながら商店街を恭平とひたすら歩いた。

    翌日になって登校しながらそういえば六月には修学旅行なんかがあるなと考えていると考えを見抜かれたのか否か今日の授業は修学旅行の班決めだった。 そろそろ五月に入るとはいえ、まだ四月だ。気が早くないか?と内心思った哲平だがクラスの連中はやる気満々のようだ。 班決めは男女含めて六人班らしい。普通に考えると男女それぞれ三人ずつであるが、先生いわく一班に同性が最低二人いればいいとのこと。しかしクラスが騒ぎ始め、班決めをしようとしたところで昼休みの予鈴が鳴ってしまった。授業は修学旅行についての説明も含まれていたため、いつの間にかそんな時間になっていたのだ。オダセンはとりあえず四月までに決めるよう告げると教室を出ていった。途端に教室が更にざわめき始める。皆どの班にするか話し合い始めたのだ。哲平はまあ焦ることもないだろうと購買に向かう準備をして教室を出るとちょうど廊下で羽原と出くわしてしまった。うっ最悪だ。 羽原はにっこりとこちらを見ると班決め大変だねえと猫かぶりモードで話し掛けてきた。周りには他の生徒もいるのでまあその態度には納得だが、なぜわざわざ話し掛けてくるのか。 「まあ、なるようになるだろ」 そう言って立ち去ろうとするといきなり腕を捕まれる。えっ何だよ。 羽原は哲平の腕を掴んだまま、誰にも聞こえないような小さな声で言い放つ。 「同じクラスだと毎日顔合わせちゃって最悪だよね」 そんな言葉を投げ掛けられて哲平も心底同意した。が、流石に腹が立ったので言い返してやる。こっちは別に隠すこともないので声のトーンは周りの奴らにも聞こえるボリュームである。 「お前とは分かり合える気がしないから困る」 そう言って振り返ることなく購買へと向かった。


翌日は何というか最悪の気分だった。朝から大雨、雷はピカピカと音を立てては鳴っているし風も何だか凄い。台風だ。 こんな時期に台風がくるなんて世界は大丈夫なのだろうかと心配をしていると母が今日は学校休みだってと言いに来た。まあそうだろう。 和哲の方も学校が休みだと連絡が来たので今日は二人でゲームでもしようかと考える。和哲にゲームするかと提案すると珍しく今日はいいと告げられ拍子抜けする。 「何かあったのか?」 聞いてみるが気分が乗らないだけだと言われて和哲はそのまま部屋に閉じ籠ってしまった。何だ思春期か? 不思議な気分で和哲の部屋を見ていると母が苦笑しながら話し掛けてくる。 「あの子、最近仲の良いお友達ができたみたいでね。今日は台風で会えないからきっと拗ねてるの」 それを聞いて哲平は驚いた。あの和哲に仲の良い友達か…。性格上、友達が多そうではあるのだが、嘘つきな弟なので心からの友達はいないのではないかと思っていた。兄としては嬉しいところではあるが一日会えないだけで拗ねる程の相手なのか。 詳しく聞きたいところではあったが、多分教えてくれないだろう。哲平は大人しく自室に籠ることにした。

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